薬用植物資源研究室
"くすり"や"機能性食品"として利用可能な植物資源について研究する
ご挨拶
植物は,医,食,住のすべてに利用されてきた資源です。くすりとしては,紀元前数世紀に使われていた記録が粘土板に残っており,また紀元前15世紀ころには,植物の繊維からつくられた紙に多くのくすりとその用途が記録されています。おそらく当時,すでにケシは鎮痛薬として重要な役割を担っていたのではないでしょうか。科学の発展とともにその利用法は変化し,植物から単離された多くの化合物が現代医療の中でも活躍しています。鎮痛薬のモルヒネ,解熱鎮痛薬のアスピリン,抗悪性腫瘍薬のタキソールなどはその代表的なものです。一方,2000年ほど前に中国で確立された伝統医学は,漢方薬の名称で現代医療の中でも利用されています。
私たちの研究室では,薬用植物を研究対象として,人類が将来も貴重な資源を継続的に有効活用できることを目指してさまざまな基礎的研究を行っています。
研究概要
薬用植物を研究対象として,フィールド調査,栽培化研究,分類学的研究などを実施,また,外部研究機関との共同研究の形で,新たな用途の発見を目指した新規薬物資源の探索研究を行っています。
ウズベキスタンの大学との国際共同研究
2017年以降,ウズベキスタン西部にあるカラカルパクスタン農業大学(旧タシケント州立農業大学ヌクス校)と,ウズベキスタンの薬用植物に関する共同研究を行っています。
ウズベキスタンは中央アジアに位置し,国土の約8割は砂漠化した平地ですが,東部には標高4500mほどの山々があり,南東部には天山山脈から続く高原地帯があります。ウズベキスタンには,青の都として知られるサマルカンドや城塞都市ヒヴァなど,かつてはシルクロードの要衝であった歴史的な都市があり,また,11世紀の著名な知識人で『医学典範』を著したアヴィセンナの生誕地でもあります。一方,この半世紀ほどで,そのほとんどの面積を失ったアラル海は地球環境の大きな変化を示す象徴としてよく知られています。
我々は,幸運にもウズベキスタンの研究者と知り合う機会に恵まれ,それまで研究対象としてきたEphedra属植物を中心に,薬用植物のフィールド調査をウズベキスタン国内で実施しています。
日本薬局方収載生薬であるマオウの基原植物の一つ,Ephedra equisetinaは,ウズベキスタン全土に広く分布しており,その多様性や生育環境について多くの情報を得ることができています。また,Glycyrrhiza glabraやCistanche属植物,Ferula属植物,Rheum属植物なども自生しており,日本とは異なる環境に生息する貴重な薬用植物に出会うことができました。
これらの薬用資源を継続的に有効活用することを目指して,栽培化を含めた研究を実施しています。
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タンポポ属植物の分類学的研究
化学的研究や,薬理学的研究,また臨床研究において,植物を研究材料として用いる場合,研究の再現性を確保するためには,実験に用いた材料が植物分類学的に特定されている,つまり,どのような植物を材料にして研究を行ったかが必須となります。
ところが,植物の中には未だに植物分類が確立されていない植物群もあります。私たちにとってたいへん身近な植物の一つ,タンポポも実は分類学上最も困難な植物群の一つといえます。近年,植物においてもDNA解析技術が発展し,植物学の世界でも新たな発見が多数報告されています。以前は,外来種のセイヨウタンポポが在来種のタンポポを駆逐していくという考えから,自然環境調査の指標として,在来種と外来種の分布状況が調査されていましたが,2000年ころになって,在来のタンポポと外来のセイヨウタンポポの間に雑種が形成されていることが分かりました。外見上,セイヨウタンポポとみえる個体の多くは雑種個体だったのです。現在,町田周辺では,純粋なセイヨウタンポポを見つけることは大変難しくなっています。
ところで,タンポポの仲間は,世界中で古くから薬用にも使われてきました。タンポポの中のどの種類が,どのような薬効で用いられるのか,それを解明する研究を開始した私にとって,分類が確立されていないことは,その後の発展研究を実施する上で致命的でした。そこで,自ら分類学的研究を開始しました。
幸いなことに,日本列島は世界的にみても多様な種類が生息している地域の一つで,中でも北海道はきわめて多様なタンポポが生息しており,研究対象として恰好な地域でした。タンポポ分類の権威である新潟大学教育学部の森田教授の指導と助言を受け,北海道内にいる多くの共同研究者にも恵まれ,2001年より北海道産タンポポ属植物の分類学的研究を実施しています。
新たな薬物資源の探索を目指した海外でのフィールド調査
1983年に海外学術調査隊に随行し,ネパール?ヒマラヤで植物資源瘀調査を実施して以来,十数回,ネパールでの現地調査を実施しています。その他にも,スリランカ,ブラジル?アマゾン,インド?アルナチャルプラデシュ,ベトナムなどでフィールド調査を実施しました。2014年には,ネパール森林土壌保全省植物資源局との共同研究として,ネパール東部のイラム地方マイポカリ周辺で調査を実施し,チレッタセンブリの栽培地を調査しました。
薬用植物の栽培研究
1.薬用植物の生育特性調査と試験栽培
マオウ属植物の国内栽培化に関する試験栽培を実施しています。
マオウ属植物は葛根湯,小青竜湯や麻黄附子細辛湯などの汎用漢方処方に配合されている薬用植物で,現在その原料のほとんどを海外からの輸入で賄っています。そこで,国内栽培化に向けた試験栽培を開始しました。マオウ属植物は自生地では乾燥した地帯に生息しており,根が深く伸長することで水分を確保していると考えました。そこで,根が元気に成長することが栽培成功のカギと位置づけ,これまで,根の成長特性の把握するための実験,さまざまな栽培法のトライアルを行い,日本国内でのマオウ属植物の栽培に適した栽培法の確立を目指しています。
2.ネパールにおける薬用植物の試験栽培
前述したように,これまで十数回にわたってネパール?ヒマラヤ地域で薬物資源のフィールド調査を行ってきました。一方,ネパール?ヒマラヤは古くから薬物の宝庫として知られ,ヒマラヤ地域の自生地から野生の薬用植物資源が採取され,インドを中心とした海外へ輸出されてきました。しかし,ネパールでも環境破壊が進み,森林が減少し,薬用植物資源の減少が問題視されています。また,近年,生物多様性条約CBDやABSといった天然資源に関する世界的なルールが普及しつつあり,そのルールに従った資源の取り扱いが必要になっています。幸いネパールには古くからの共同研究者がおり,彼らを通して,政府研究機関(上記,植物資源局)と友好的な共同研究体制の構築ができています。その結果として,2014年より共同でフィールド調査を実施,2015年から現地の薬用植物園の一部を借りて,共同で薬用植物の試験栽培を実施しています。
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薬用植物および天然薬物資源から新たな機能性の探索
- ドライアイに有効な天然薬物資源の探索
学外の研究機関との共同研究で,ドライアイに有効な天然資源の探索を行っています。- 漢方の理論に基づいた材料の選抜
漢方医学では,五臓(心,肺,腎,脾,肝)の中で怒りを制御する機能を有する肝に障害が起こると,目に何らかの症状が現れると考えられています。また,薬味が五味(甘,酸,鹹,苦,辛)の中の酸である生薬(薬物)は目によい(目に効果がある)と考えられています。そこで,我々は,多くの生薬の中から,味が酸で,肝に効果があるとされている生薬を選抜し,煎じ液を作成し,共同研究機関において実験的ドライアイモデルマウスを用いた活性スクリーニングを実施しました。その結果,いくつかの生薬で活性が認められ,現在,その活性成分を特定する研究を実施しています。 - 海外の薬物資源の中から新たな機能性を探索
ドライアイは現代社会に多いストレスや長時間にわたるVDT作業が原因の一つと考えられています。そこで,海外で使用されている生薬の中から,ストレスや精神疾患に効果があるとされている生薬を選抜し,上記のモデルマウスを用いたスクリーニングを開始しました。
- 漢方の理論に基づいた材料の選抜
教員紹介
高野 昭人 教授 / 学位:薬学博士
- 研究分野:薬用植物学,生薬学
- 担当科目:薬学への招待 (1年前期)
基礎生物学Ⅱ(1年後期)
生薬学1 (2年後期)
生薬?天然物化学実習(3年後期)
天然物化学特論(大学院修士)
先端薬学特論(大学院博士)など
薬用植物の基礎的研究に取り組んでいます
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